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アウシュビッツ強制収容所を訪れました。


出来るだけ率直に感じたことを書きたいため、
人によっては不快に感じる表現が含まれている可能性があります。
予めご了承のうえ、お読みください。
(あまりに長くなってしまったため、
前編:見学編 と 後編: 感想編 の2つに分けました。)


アウシュビッツを訪れる前には、
自分なりに本やネットなどで勉強したつもりでした。


第二次世界大戦中にナチス・ドイツによって建設され、
「殺人工場」と化した強制収容所。


「人間がしたこととは思えない。」

これが、訪れる前の私の感想でした。


「ユダヤ人」という言葉は、日本で生まれ育った私にとっては、
別に特別な意味は持たないものでした。


でもヨーロッパを周遊していると、
ユダヤ人街やユダヤ人迫害の歴史資料館などを、
かなりの頻度で目にすることになります。


オランダの「アンネ・フランクの家」を訪れて涙しました。
ドイツのSS本部の跡地で恐怖政治の一端を垣間見ました。


しかしそのような場所を訪れた時、
「なんてむごいことを」と眉をひそめ、
残酷にも消されていってしまったユダヤ人の人々に思いを馳せる
ことはあっても、


「なぜそのような事が起きたのか」を真剣に考えることは
ありませんでした。


「戦争中には、
どんなむごいことも起こりうる」
という、
一般的な解釈に当てはめて理解しようとしていたからかも
しれません。


アウシュビッツを訪れて、
初めて「加害者側」について考えてみたように思います。




映画にもなった「シンドラーのリスト」のシンドラー氏、
リトアニアの外交官であり、
「命のビザ」を発給し続けた杉原千畝氏、
その他、私が知らないだけで、
自らの身を呈してでもユダヤ人を救おうとした
人々は、相当数存在したのでしょう。


彼らの行為が、人としてどれだけ立派なものであったか、
今でも、どれだけ多くの人に希望を与え続けているのかは、
ここで私が説明するまでもないでしょう。


私は彼らの行為を心から敬服すると同時に、
自分にはとてもそんなことは出来ない、
と認めざるを得ないのです。


きっと私だけではなく、大多数の人にとって、
命の危険を侵してまで他人を救う
(特にこの場合は、異民族とされた人々)
ことは、不可能なんじゃないのか。


だからこそ、今でも彼らは「英雄」と讃えられているんじゃ
ないでしょうか。


私にはとてもそんなことは出来そうにない。


そして私自身だけの話ではなく、
もし私の大事な家族や友人がユダヤ人を助けようとしたら、
私は必死になって止めたのではないか。


なぜなら私は、彼らに人として立派であることよりも、
ただ無事に生き延びてほしいと望んでしまうだろうからです。


それがたとえエゴの塊だと非難されたとしても、
自分や自分の近しい人たちの命と、
全く知らない、差別されて然るべきとされてしまった人たちの命。


私にとってこの2種類の命の重さは、天秤にかけるまでもなく、
前者のほうが大切であると、やはり思ってしまうのです。


「人の命は等しく尊いものである」という考えを、
私は支持したい。


しかし人の命は尊いものではあっても、
決して平等ではないのだということは、
アウシュビッツを訪れる前にも、
いくつかの途上国を訪れた際に感じていたことでした。


人の命は、平等ではない。


それは一般論だけではなく、私個人のなかでも、
自分の命と、自分に関係のない人たちの命。
この2つの命の重さを、はっきりと分けてしまっていることは事実なのです。


当時の一般的なドイツの人々がたとえこのような感情を
持っていたとしても、
それを無責任な第三者が非難するなんて、
果たして出来ることなんでしょうか。


中谷さんもツアー中におっしゃっていましたが、
日本もまた、そういうドイツに同盟国として近づき、
間接的に関与していた1国なのです。
そして、それを支えていた日本人も。


「人間がしたこととは思えない」だなんて。


そんなことを言えたのは、
完全に他人事としてしか捉えていなかった証拠です。


この先、直接的に私が誰かを殺害したり、
虐げたりすることはなかったとしても、
間接的にも全く関与しないなんて保証、どこにあるのでしょうか。


現に今でもまだ、世界中で紛争は止まない。
それでも安穏とした日本での生活の中で、
そういった事実をきちんと知ろうとしたことはほとんどありませんでした。


今の無力で無知な私には、こう認めてしまうことしか出来ません。
アウシュビッツで起こったことは、明らかに人間がしたこと。
だからこそ、それを引き起こした狂気や無関心は、
自分自身の中にも確実に存在するのだと。


あの時に感じた果てしない嫌悪感は、
今はもう無きナチスに対してというよりも、
むしろ今、何かに対して無責任な傍観者になっているであろう自分、

そしてこれから身近に何かが起こった時、
自分の身を守るためならば、
確実に傍観者であることを選択するであろう自分自身に対してこそ、
抱くべき感情なのでしょう。


中谷さんは最後にこうもおっしゃっていました。


アウシュビッツを訪れる日本人は、年配の方がほとんど。
やはり若い人たちにこそたくさん訪れてもらって、
彼らの過去に捉われない柔軟な感性に、
これからの希望を見出したいのだ、と。


こんな私にも、そんな希望あふれる未来の一端を担うことは
出来るんだろうか。


自分の中に、こんなにもどろどろに渦巻くエゴを感じながらも、
それでもなお、自分だってそんな未来を描きたいと、
そういった矛盾した思いを抱えていることもまた、事実なのです。




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【2013/08/16 05:13】 | ポーランド
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はんぐるべぇ
このブログの存在もまた未来を変える力の一端を担うと信じて。


こんた
長文失礼します。

アウシュビッツと日本や貴方を結び付けるのはおかしな理論だと思いますよ。

現代から過去を見てあの時こうしておけばと思うのは簡単な事です。
その証拠が今現在も北朝鮮や中国では人権が蹂躙されシリアでは市民が殺されていますが私達に何か出来ますか?
私達は今現在も歴史から何一つ学んでいません。
これは日本人だけの責任ではなく世界中がそうだからこの現状が有るのです。

貴方はドイツ滞在の「壁」というタイトルでドイツの歴史教育を誉めていますがドイツが教えているのは「ナチスドイツ」の残虐行為で有り謝罪しているのはその時犠牲になったユダヤ人だけにです。
ドイツはイギリスに無差別爆撃をした事やロシアに侵略した事ポーランドを併合した事は謝罪も賠償もしていません。
非常に馬鹿らしい事に戦争は外交の手段の一つですから罪では無いのです。
だから謝罪も賠償もしないというのが世界の常識です。
一方日本は全ての戦争した国、植民地や併合した国に謝罪し賠償金を支払う事を申し出ました。
よく戦時下の日本とナチスドイツを同一視する方が居ますがそれは余りにもフェアでは有りません。
誤解を恐れずに書くと日本も戦争をしたに過ぎないのです。

アメリカが日本にした事なんてアメリカでは教えてません。
ドイツがイギリスにした事イギリスがフランスにした事フランスがドイツにした事韓国がベトナムにした事中国がチベット、ウイグルにした事も加害国は教えていません。

ナチスドイツの残虐行為から学ばなければいけないのは人間誰しも加害者に成りうるという事で、またどうすればそれを起こさないか、では無いでしょうか?
そして次に新しい手法の国家犯罪が起きたらそこから学び二度と同じ事を起こさないように歴史から学ぶしか無いのです。

火垂るの墓は良い映画です。
僕はこの映画を見て「絶対に戦争はして欲しく無い」と幼心に思いましたからね。
それじゃ駄目ですか?

何事にもバランス感覚が重要です。
無事に世界一周を果たして下さい。


Re: タイトルなし
かほ
> 長文失礼します。
>
> アウシュビッツと日本や貴方を結び付けるのはおかしな理論だと思いますよ。
>
> 現代から過去を見てあの時こうしておけばと思うのは簡単な事です。
> その証拠が今現在も北朝鮮や中国では人権が蹂躙されシリアでは市民が殺されていますが私達に何か出来ますか?
> 私達は今現在も歴史から何一つ学んでいません。
> これは日本人だけの責任ではなく世界中がそうだからこの現状が有るのです。
>
> 貴方はドイツ滞在の「壁」というタイトルでドイツの歴史教育を誉めていますがドイツが教えているのは「ナチスドイツ」の残虐行為で有り謝罪しているのはその時犠牲になったユダヤ人だけにです。
> ドイツはイギリスに無差別爆撃をした事やロシアに侵略した事ポーランドを併合した事は謝罪も賠償もしていません。
> 非常に馬鹿らしい事に戦争は外交の手段の一つですから罪では無いのです。
> だから謝罪も賠償もしないというのが世界の常識です。
> 一方日本は全ての戦争した国、植民地や併合した国に謝罪し賠償金を支払う事を申し出ました。
> よく戦時下の日本とナチスドイツを同一視する方が居ますがそれは余りにもフェアでは有りません。
> 誤解を恐れずに書くと日本も戦争をしたに過ぎないのです。
>
> アメリカが日本にした事なんてアメリカでは教えてません。
> ドイツがイギリスにした事イギリスがフランスにした事フランスがドイツにした事韓国がベトナムにした事中国がチベット、ウイグルにした事も加害国は教えていません。
>
> ナチスドイツの残虐行為から学ばなければいけないのは人間誰しも加害者に成りうるという事で、またどうすればそれを起こさないか、では無いでしょうか?
> そして次に新しい手法の国家犯罪が起きたらそこから学び二度と同じ事を起こさないように歴史から学ぶしか無いのです。
>
> 火垂るの墓は良い映画です。
> 僕はこの映画を見て「絶対に戦争はして欲しく無い」と幼心に思いましたからね。
> それじゃ駄目ですか?
>
> 何事にもバランス感覚が重要です。
> 無事に世界一周を果たして下さい。


こんたさん

コメントありがとうございます。
こんたさんのコメントを読ませて頂き、考えさせられた部分もあり、また私の言葉足らずだった部分もあると思うので、今一度ご説明させて頂きたいと思います。

まず大前提としてご了承頂きたいのは、これはあくまで単なる個人のブログであり、主に身内向けに、本当に個人的な感情や経験を発信しているものです。

アウシュビッツと日本と自分自身を結びつけるのはおかしな理論だというのは、確かにもっともなご意見です。
けれど私は旅をするうえで見るもの、経験するものを、基本的には「自分だったらどうするか」「どう考えるか、どう感じるか」を問いかけることを1番大切にしています。
もちろん現在の自分にあるだけのつたない知識・経験に基づきますので、他の方から見た時に「それはおかしい」「勉強不足だ」と感じられることもあるだろうというのは承知のうえです。

特に戦争に関する問題は大変デリケートで、事実が曖昧な部分もあり、私自身、今回の記事を書くのは本当に悩みました。だからこそ文頭に「率直に感じたことを書かせてもらう」旨も明記しましたが、それでも別のご意見をお持ちの方にはやはり違和感を感じさせてしまうだろうことは予想していました。

ちなみに、私は「火垂るの墓」自体を否定しているのではなく、「火垂るの墓」以外にも戦争について考えさせてくれる題材は他にもたくさんあるはずなので、そちらのほうにもスポットを当ててもらいたい、という意図で書きました。うまく伝えられなかったようで、すみません。

ところでこんたさんの本意とは全くずれるのでしょうが、私は最後の「バランス感覚」という部分に一番考えさせられてしまいました。というのも、旅を続けているうちに1番怪しくなってくるのが「自分の感覚」だからです。今までの日本での概念が通じない場所で様々な価値観に触れているうちに、何が良いのか悪いのか、自分の考えは果たしてバランスが取れているのか、簡単に判断しかねるようになってくるからです。そういった経験が出来るということは、ある意味旅の醍醐味でもあるのですが。そういう意味では、私自身は「バランス感覚を持って旅する」ことは出来ないような気がしていますし、今後も出来るだけ素直に思ったことを表現していきたいと考えています。

最後に、くだらない私のブログを読み込んで頂き、長いコメントまで頂けたことは本当に光栄です。
今後ともよろしくお願いしますm(_ _)m



Re: タイトルなし
かほ
> このブログの存在もまた未来を変える力の一端を担うと信じて。

(^O^)/



ピコ
こんたさんに触発されて、書く事にしました。

戦争についてですが、どうしても日本では、お隣の国である韓国についての話になってしまうと思います。もっと、アジアの諸国に対して日本がした事も学ぶ必要があると思います。

まず、朝鮮についてです。日清戦争で日本が勝利した事により、それまで清の属国であった朝鮮を独立した国家と日本が清に認めさせました。

ところが、当時の朝鮮は文明も発達しておらず、鎖国状態でした。そこで、日本が併合しました。日本が朝鮮に対して行ったことは、学校とインフラや鉄道の普及。そして、ハングルの識字率の増加という結果も出てます。

次にアジア諸国。当時はヨーロッパ諸国の植民地の国が多くありました。日本はこれからのアジア諸国の独立の手助けをしたのも事実です。

アフリカには日本のような国がありませんでした。それが、アジアとアフリカの違いという考えもあります。

何が良い事かは正直わかりません。ただ、結果として残っていることは知っておく必要があると思います。

体に気をつけて旅を続けてください。
長文失礼しました。





Re: タイトルなし
かほ
>ピコさん

そうですね、日本がアジア諸国に対してしたことは、結果としてプラスに作用したものもそうでないものも、もっときちんと学ぶ必要がありますね。勉強不足を痛感する毎日です・・・。
コメント頂き、ありがとうございました!


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現在は、コソヴォにいます。

元気にしています!


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

アウシュビッツ強制収容所を訪れました。


出来るだけ率直に感じたことを書きたいため、
人によっては不快に感じる表現が含まれている可能性があります。
予めご了承のうえ、お読みください。
(あまりに長くなってしまったため、
前編:見学編 と 後編: 感想編 の2つに分けました。)


アウシュビッツでは、唯一の日本人ガイドである中谷さんの
ガイドツアーに参加しました。


中谷さんは、とても分かりやすく所内を案内してくれるのですが、
決して「説明しすぎる」ことをしません。

多くの証拠資料がドイツ軍によって抹消されてしまったこと
(それでも、元々の量が多いのでかなり残されてはいますが)、
中谷さん自身が、ポーランド人でもドイツ人でもない立場であると
いうこと、理由はいろいろあるのでしょうが、
とにかく私たち自身で感じ、考えられるように配慮して下さいます。


アウシュビッツ強制収容所は、
もともとはポーランド人の政治犯を収容するために作られたもの。

次第にユダヤ人やロマ、共産主義者、反ナチス活動家、同性愛者、
障がい者なども収容されるようになり、規模が拡大していきます。


しかし人数的に1番多く収容されていたのは、やはりユダヤ人。



「ARBEIT MACHT FREI(働けば自由になる)」という
スローガンが掲げられた門。
アウシュビッツ 門



場内には有刺鉄線が張り巡らされている。
アウシュビッツ 鉄条網



こちらが囚人棟
アウシュビッツ 囚人棟



銃殺用の「死の壁」。
アウシュビッツ 処刑台



囚人を餓死させる目的で作られた「飢餓室」の外側。
この小さな空気孔は、冬場は雪で埋れ、囚人を窒息死へと追い込む。
アウシュビッツ 空気孔



大量殺害に使用された毒ガス「チクロンB」
アウシュビッツ チクロンB



収容者から押収した大量のメガネ
アウシュビッツ メガネ



義足や松葉杖
アウシュビッツ 義足



食器
アウシュビッツ 食器
「ここに来たら新しい生活が始まる」と聞かされ、
希望を胸に持ってきたのだろう。



子どもたちの衣類やおもちゃ。
アウシュビッツ 子ども衣類



おびただしい数の靴。
アウシュビッツ 靴



カバン
アウシュビッツ カバン
住所と名前を書かせることで、「いつかここを出られる」と安心させたらしい。


その他、写真撮影は不可だったが、囚人から刈り取った髪の毛。
刈り取った髪の毛は、カーペットの材料などにしていたらしい。


写真では伝わりにくいですが、これらの量が尋常じゃない。
これでもほんの一部だというのだから、
どれほどの人が被害に遭ったのか、もう想像も出来ない。


そしてドイツ軍は、それらすべての押収品を細かく分類し、
数や量などをリスト化し、逐一本国へ報告していた。

それを見るだけでも、ドイツ軍がいかに緻密にここを管理
していたかが伺える。

決してただの狂人たちが、狂って思いつきだけでやっていた
わけではないことが分かる。


中谷さんからの説明によると、
当時のドイツは、ノーベル賞受賞者を何人も輩出するような
文化芸術面・学術面やその他においても非常にレベルの高い国で
あり、決して無知で野蛮な人たちの国ではなかった。

第一次世界大戦に負けて困窮していたドイツは、
宗教的、経済的その他様々な要因からユダヤ人を標的とする
ようになる。

しかし、たとえ宗教が違うから、ユダヤ人が裕福だからといった
理由だけで大虐殺をしようなどと考えるほど、
ドイツの人々の民度が低かったとは到底考えられない、と。


では、そんなドイツをあのような狂気の行動に走らせたものは
何だったのか。


一つは、徹底的な仕組みづくりを行うことで、
人々から罪悪感を消し去ることに成功したのだそうです。


例えば、この敷地。

ちょうど夏に訪れたこともあり、ここがアウシュビッツであると
いうことを忘れれば、空気も気持ちよく、大変のどかで居心地の
良さそうな雰囲気なのです。
アウシュビッツ 敷地内①

アウシュビッツ 敷地内②


敷地内には、福利厚生施設的なプールまでもが存在します。
アウシュビッツ プール


ドイツ軍は、「模範的な収容棟」も作り、
査察が入った際にはそういう部分のみを見せ、
あくまでここは健全な収容所である、ということを
納得させて帰らせたそうです。


殺害した囚人から髪や金属を剥ぎ取ったり、
死体の焼却処理をするのは、
ドイツ軍人ではなく、同じ収容者の役目。

自らの同胞の殺害に関与することで、
その囚人たちはしばらくの間生きながらえることが出来ました。

しかし口封じのために、その囚人たちも一定期間を置いて殺害され、
メンバーの入れ替えをしていたそうです。

ドイツ人はそういった悲惨な行為に従事しないことで、
精神的ダメージを受けることのないように配慮されていました。



囚人から押収した物品のリスト作成なども、
まさに「罪悪感を消し去る」ことに寄与していたそう。
(実際のリストも展示されていましたが、写真は取り忘れました)


生々しい現物を目の当たりにした時には
「うっ・・・」という拒否感がまず先に訪れたのですが、
紙に書かれて数値化されたリストからは、
不思議なくらい現実感が消し去られています。


リスト化することによって、
それが生身の人間から剥ぎ取ったものではなく、
「単なる物品」であると感じさせていたそうです。




もう一つ忘れてはならないのは、
多くの「傍観者」の存在だそうです。


恐らくドイツの人々は、収容所で何が起きているのか、
うっすら気づいてはいた。

しかし「こんなことをしちゃいけない」と声を上げることは、
自分の身を危険に晒すことに他ならない。

中谷さんは分かりやすく「いじめ」の構図を例に出されていました。

いじめられている子を助けようとすれば、
今度は自分がいじめられる。

多くの人はそうやって傍観者となることで、いじめに加担する。


「あえて傷つけたいとは思わなくても、
わざわざ助けたいとも思わない」



多くのドイツ人にとって、
ユダヤ人はそういう存在だったんじゃないか、と。





ガス室
アウシュビッツ ガス室①
「これからシャワーを浴びるから」と連れて来られた。



ガス室の内部
アウシュビッツ ガス室②



ここから毒ガスを投入した
アウシュビッツ ガス室③



その後は、第二アウシュビッツ ビルケナウへ。


「死の門」へと続く鉄道引込線
ビルケナウ 線路



ユダヤ人たちが乗せられてきた車両
ビルケナウ 列車



囚人たちのベッド
ビルケナウ 収容棟



多くの建物は、ドイツの敗戦が確定した段階で、
ドイツ軍によって破壊されている。
ビルケナウ 破壊建物①

ビルケナウ 破壊建物2



慰霊碑
ビルケナウ 慰霊碑




ビルケナウ 線路



次回、感想編へと続きます。



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【2013/08/13 06:13】 | ポーランド
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裕美
アンネフランクを思い出した。
実際はもっと悲惨だったんだなと伝わりました。
全て悪いのは、国家権力だよね。
私たちの子供の頃は、もっと、テレビでアンネフランクのこととか、外交官だった千畝さんのこととか、やってた気がするんだけど、少なくなったよねーそういう番組。
感想編も楽しみにしてます。

Re: タイトルなし
かほ
裕美ちゃん

そうそう、ビルケナウって所が、実際にアンネフランクが収容されてた場所なんだよね。
確かに、そういう番組少なくなったかも・・・
このまま、どんどん風化していっちゃうのかもとは感じます。

> アンネフランクを思い出した。
> 実際はもっと悲惨だったんだなと伝わりました。
> 全て悪いのは、国家権力だよね。
> 私たちの子供の頃は、もっと、テレビでアンネフランクのこととか、外交官だった千畝さんのこととか、やってた気がするんだけど、少なくなったよねーそういう番組。
> 感想編も楽しみにしてます。


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ご無沙汰してます。


前回、安否確認のためにもっと頻繁に書くと言っておきながら、
またまた軽く2週間放置です。


もう誰も、私に期待なんかしてないでしょう。


このままひっそりと、誰に気づかれることなく
密かに更新する
スタイルでいきたいと思います。(^ー゜)


さて、今現在はルーマニアにいます。


そろそろ、「まだヨーロッパにいたの?」
言われちゃいそうですが。



はい、まだヨーロッパにいます!(^з^)-☆



ブログをサボるようになってからの1ヶ月半、何をしていたかというと・・・



結論から言うと、
ひたすら、ヨーロッパ観光に明け暮れていました。


来る日も来る日も、観光、観光、観光・・・!!


もう狂ったかのように、移動と観光を繰り返していましたね。


旅日記はスイスで終わっちゃってますが、

その後はスロベニア→クロアチア→ボスニア・ヘルツェゴビナ→
モンテネグロ→アルバニア→ギリシャ→(リッチに飛行機で移動)→
ポーランド→チェコ→オーストリア(再入国)→スロヴァキア→
ハンガリー→で、今ルーマニアです。



こうして見ると、
むっちゃ精力的に活動してんな・・・(゚o゚;;




私、なんて真面目な旅行者なんだろう。



以前、旅に悩んでるとかグニャグニャ書いてしまったのですが、
この貧乏性の私が、いくら気持的に停滞していたからといって、
物価の高いヨーロッパで行動まで停滞させるってことは
不可能なのです。
(実際は、ハンガリーでちょこっと沈没してたりもしましたが)



旅日記のほうは全く進んでおらず、
もう飛ばしてしまった11カ国分を今更書く気なんて
さらさらないことは皆さんも承知だと思うのですが、
(↑こういうところ、ダメ人間の典型ですよね)

実際の旅のほうはものすごく予定通りに進んでいまして、
ヨーロッパ旅行も残りわずか、もう終盤戦です。


この計画性と行動力、
なんで仕事にはうまく活かせなかったものか、

残念でなりません(←前の職場の皆さん、今さらですが本当にすみません・・・)。


この後はセルビア、マケドニア、ブルガリアを巡ってトルコへ入国。
そこからついに、中東編に突入です。


ヨーロッパの旅日記については、
このまま書かずに終わらせる気満々なのですが、
ポーランドで訪れたアウシュビッツについてだけは、
やっぱり端折らずに、ヨーロッパにいる間中にちゃんと書いておこうと思います。


それではまた〜(^∇^)



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【2013/08/01 02:36】 | つぶやき
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裕美
トルコ写真だけでも、ぜひ、アップお願いしまーす!

Re: タイトルなし
かほ
そうだね、写真くらいはアップできるように頑張りまーす^o^

> トルコ写真だけでも、ぜひ、アップお願いしまーす!



Juri
いいんでないのー。
書くことが負担になってしまったら
面白くないし疲労も当然あるわけだからね。楽しい範囲で書けばいいと思うよー。まあ、時々安否くらいわかればいいけど。。。

( ´ ▽ ` )ノ
津軽
安否確認は、宜しく♪

Re: タイトルなし
かほ
そうそう、なんか、旅先でブログ書くことを頑張るより、旅すること自体に集中したほうがよっぽど自分のためになるって気づいて。月に数回は書けるように頑張ります(^o^)

> いいんでないのー。
> 書くことが負担になってしまったら
> 面白くないし疲労も当然あるわけだからね。楽しい範囲で書けばいいと思うよー。まあ、時々安否くらいわかればいいけど。。。


Re: ( ´ ▽ ` )ノ
かほ
はは、それだけは忘れちゃいかんねσ^_^;

> 安否確認は、宜しく♪


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